ジャーナリストとして活躍している重信メイさん!
その家族構成が色々と複雑だと話題になっています。
母親がテロリストで、その結婚相手もテロリスト…?ということは、両親ともにテロリスト?
でも父親はパレスチナ人という情報も…。
また、重信メイさんに兄弟はいらっしゃるのでしょうか?
ということでコチラの記事では、『重信メイの家族構成!父親も母親もテロリストで兄弟はいる?』と題して、重信メイさんの家族構成を図式で詳しく紹介していきたいと思います!
重信メイの家族構成!
重信メイの家族構成を画像でご紹介いたします↓
重信メイさんは、妹や弟の存在を語っているインタビューもあるので、3人兄弟なのでしょうか?
また、母親の重信房子氏の偽造結婚のワードも気になりますよね。
ということで、重信メイさんの家族について、個々を深掘りしていきたいと思います。
重信メイの母親「重信房子」はテロリスト
重信メイさんの母親は「重信房子」氏です。
重信房子氏は、日本赤軍というテロ組織の最高幹部でした。
1974年の「ハーグ事件」への関与で国際指名手配を受け、26年間逃亡したのちに、2000年に大阪で逮捕されました。
懲役20年が言い渡され、2022年5月28日に刑期満了で出所しています。
ハーグ事件とは?
1974年9月14日にオランダのデン・ハーグで発生した、日本赤軍(テロ組織)によるフランス大使館立て籠もり人質事件。
偽造米ドル所持の容疑で、日本赤軍・山田義昭が逮捕され、山田義昭を奪還するために、日本赤軍から3名が拳銃・手榴弾で武装してフランス大使館へ侵入し、大使ら11人を監禁した。
最終的にオランダ政府が30万ドルを払い、フランス政府は要求を呑んで山田を釈放した。
重信メイの父親は「パレスチナ解放人民戦線(PFLP)の指導者」
重信メイさんの父親は「パレスチナ人」です。
重信メイさんの母親「重信房子」氏が偽造結婚をしていたこともあり、父親が偽造結婚相手の「奥平剛士」氏で、両親ともテロリストなのでは?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、重信メイさんの父親は「パレスチナ人」になります。
しかし、2011年時点には、既に亡くなっていたと2011年のBBCニュースで重信メイさんが語っていました。
また、重信メイさんは、父親と交流したこともなかったため、娘の存在を知らなかった可能性もあるようです。
重信メイは妹と弟の3人兄弟?
重信メイさんには兄弟はおらず、一人っ子となります。
しかし、日本で妹と弟の存在を2001年6月号の月刊『創』で明かしていました。
母親の重信房子氏が同志の子供たちを、重信メイさんの兄弟として一緒に育て上げたようでした。
血の繋がりはないものの、きょうだいとして育てられたということもあり、日本では妹さんと一緒に暮らしていて、弟さんとも頻繁に会うなど、仲は良いようです。
ちなみに、妹の名前は「革(あらた)」、弟の名前「強(つよし)」で、重信メイさんは、漢字表記にすると「命(めい)」となるようで、兄弟3人合わせて「強い革命」という熟語になるようです。
重信メイの母親「重信房子」の偽造結婚について
重信メイさんの母親「重信房子」氏は、1972年2月2日に日本赤軍創設メンバーで最高幹部である「奥平剛士」氏と結婚します。
しかし、この結婚は偽造結婚だったようです。
『朝日新聞』昭和47年(1972年)6月4日朝刊にて、重信房子氏が「あの人(奥平剛士)は本当は主人ではないのです」と語っていたことで、偽造結婚ということが判明しました。
奥平剛士氏もテロリストであり、テルアビブ空港乱射事件を起こし、26人を殺害し、73人に重軽傷を負わして、事件後に自害したと報じられています。
テルアビブ空港乱射事件は、1972年5月30日に起こりました。
となると、重信房子氏と奥平剛士氏が婚姻関係だったのは、わずか3ヶ月ちょっとということになりますね。
その翌年の1973年に重信メイさんが誕生されているので、奥平剛士氏が亡くなってすぐに「パレスチナ人」と結婚したことが分かります。
もし、奥平剛士氏が亡くなってなかったら、そのまま婚姻関係が続いていた可能性もあるので、いろんな偶然が重なって、重信メイさんが誕生したんですね…!
重信メイの家族構成まとめ
以上、『重信メイの家族構成!父親も母親もテロリストで兄弟はいる?』と題して、重信メイさんの家族について深掘りさせていただきました。
父親はテロリストではなく、パレスチナ人ということが分かりましたね。
テロリストなのは母親だけで、一時的に母親の重信房子さんが偽造結婚をされていた相手がテロリストでした。
また、妹と弟とは実は血は繋がっておらず、実の兄弟のように育てられたという背景でした。
間違いなく壮絶な人生だったんだなと容易に想像することができますね。
これからも。ジャーナリストとして活躍する、重信メイさんに注目していきたいと思います。